日本臨床医学リスクマネジメント学会 Japan Society of Risk Management for Clinical Medicine

理事長より(2017年4月)

医療事故調における法的問題と私
 理事長 吉田謙一

 1999年、都立広尾病院誤注射事件の刑事裁判を端緒として、刑事司法による責任追及を排し、医療専門家主導の事故調査制度を立ち上げる機運が医療界に高まりました。この年、東京大学法医学の教授を拝命した私は、医療事故調査制度をめぐる論争と医療関連死の解剖・鑑定の実務に深くかかわることになりました。それ以降、多くの医療関係者に助けられ、事故に学び、「安全」を育てることの重要性を強く感じてきました。
 2015年10月、改正医療法にのっとった医療事故調査制度の開始により一応の決着をみました。しかし、医療事故調査に関して、過誤と死亡等との「因果関係」が争点となることは避けられません。そして、因果関係の認定に関して金科玉条とされる「東大ルンバール事件」の最高裁判決は,「一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく…その判定は,通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるもので十分である」と判示しました(最判昭和50年10月24日)。これに対して、帝王切開後、産婦の出血関連死が癒着胎盤の処理に関する過誤に起因したとされ産科医が起訴された「福島県立大野病院事件」の刑事裁判においては、検察の主張が。「相当数の根拠となる臨床症例、あるいは対比すべき類似性のある臨床症例が提示されていない」としてしりぞけられました(福島地裁判決平成20年8月20日)。この2つの裁判は、患者や家族を守るためには、医師に責任を負わせることは正義に反しないという法律家の判断が、専門家による科学的・専門的な意見や判断に優先するという意識を反映しています。しかし、これが通れば、医療関係者の専門性・独立性・誇りが失われ、医療の安全性や信頼性が脅かされます。
 新しい医療事故調査制度は、医療関係者の「学習」の推進を目指しています。この「学習」こそ、臨床医学リスクマネジメント学会の学術活動の中心課題です。そして、多職種間の相互「学習」と連携を進める仕組みづくりこそが、当学会の使命と考えています。また、因果関係のくびきを離れて、状況の多様な変化に対応できる意識と知識を医療現場が常に求めて努力していることを、社会に伝えなければならないと思います。
日本臨床医学リスクマネジメント学会 Japan Society of Risk Management for Clinical Medicine
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